小説家 城山三郎さんの言葉
「官僚たちの夏」「黄金の日々」「落日燃ゆ」「うまい話あり」・・・など経済小説、伝記小説、歴史小説で名を馳せた小説家、城山三郎さんの著作物「人生の流儀」(城山三郎 新潮文庫)から彼の人生哲学、教育の役割に対する考えを知ろう。
教育の役割
よき教師は、芸者であり、役者でなくてはならない。つまり、生徒の心をのみこんで、楽しませてやる。演技、演出ということも考える。踊りを踊れというのではなく、表現を豊かにして、客を飽きさせないこと。広い意味で、名優であり、芸達者でなくてはいけない。
ー今日は再び来らずー
本来、大学というのは、よい就職先を保証するための機関ではない。学問を教える場であり、そこで人一倍の学問ができ、学生生活が楽しめたというだけで十分満足すべきである。そして、卒業後、店員になろうとコックになろうと、大学生活から得た収穫が必ず生きるはずである。生きないような大学生活を過ごしてきたものは、仮にどんな一流会社へ入っても先が知れている。
ー猛烈社員を排すー
「教育というのは、倦ましめぬこと、飽きさせないことだ」
ー今日は再び来らずー
「まともな人間は、絶えず試煉を受けることで育って行く」
ー今日は再び来らずー
ひとりひとりの人生
屈託なく生きる人に共通している要素は多い。思いつくままに挙げてみると、
1 積極的にやってみる。迷ったときには、まずやることに賭ける。
2 イエス、ノーだけでなく、第三の道でもよいから、自分なりの道を見つける。徳富蘇峰が大久保利通について評価したように、
「最善を得ざれば次善、次善を得ざればその次善と、求めてやまない」ことである。
3 賭けはするが、蛮勇をふるうのではない。失敗への備えというか、用意を欠かさない。
4 やみくもな大目標は掲げない。ごく身近なところに、在るべき姿、具体的な目標を設定する。
5 強い好奇心の持ち主である。とりわけ、人間に対する関心や興味が強い。
6 人並み以上の努力をする。人に数倍する努力をする。
7 努力の報われることを神経質に求めず、また初心を忘れない。
ー屈託なく生きるー
屈託のなさは性格によるーというふうには思いたくない。
それではあまりに味気ないし、救いがない。それに本物の屈託のなさは、性格というよりも、生きて行く姿勢の積み重ねから出てくるのではないか。
それは、ただ明るいというのではない。単に粗野であったり豪傑タイプであったりする人に魅力はない。
それに、そうした人たちには、弱みを見せたくないという心理が働いていて、意外に屈託があるということも多い。
ー屈託なく生きるー
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