英語を読む快適なスピードとは
最近頓に疑問に思うことがある。
それは学校現場もしくは幾つかの英語教育番組で、英語指導者が英語学習者に向けて、教科書その他テキスト英文を読む際、実際の場面ではありえないくらい超スロースピードで読むことがよくあることだ。
もちろんいま流行りの速読・超速読が、読むスピードとしては最適だなどと言いたいわけではない。どちらかというと初心者への速すぎる英文読みは反対だ。
では何を言いたいのか。
それは、英語の初心者に対してあたかもそれが当然であるかのごとく、あまりにもゆっくりとしたスピードで英文を読んで聴かせることのマイナス点だ。
超スロースピードの英文読みは逆効果だと思う。
わたしたちが普段、母語である日本語で、新聞や書物を読む際のことを考えてみてほしい。
あるまとまった内容の文章を読もうとする場合、ある一定の心地よいと感じるスピードで読むことで我々は理解の程度が深まっているのではないだろうか。
丁寧にと文章を文節ごとに区切り、不自然な間を開け、敢えてゆっくりスピードで読んでみると、円滑さが損なわれるので、英文を意味のあるひとまとまりとしてセットで理解することが出来ない。
自然に、流れるように塊として一気に自分のものとすることを妨げてしまう。
少なくとも私の場合は、不自然な読み方で、超スローで、ぎこちなく読まれるとかえって理解出来ない。
人によって快適と感じる読むスピードは幾分異なるだろうが、どうも脳が理解するのに快適だと感じる速度には一定の速さの幅があるような気がしてならない。
それは速過ぎても遅過ぎても効果が減じるように思う。
心地よい適度なスピードを原則としつつも、時折、目的別に、発音に注意しながら丁寧にゆっくりと読んでみたり、長文を短時間で読もうと速く読んでみたりすることは良い方法だと思う。
しかし日本人の多くの英語指導者が学習初心者に向けて読むスピードは全般的に不自然に遅すぎる嫌いがあると懸念する。
読むスピードが遅ければ、より深く理解できるというなら、それもまたひとつの手なのだと思うけれども、そうではないはずだ。
読むスピードがあまりに遅いと、かえって脳が自然に理解するのを妨げる。
欧米の幼稚園・小学生の子供たちが母語である英語を学習する際に、指導する教師があまりにもゆっくりとしたスピードで英語を喋っているとは考えられない。
きっと学年に合わせて、易しい単語を多用しながら、快適と感じるごく自然なスピードで大量の文章をシャワーのように浴びせているはずだ。
だとすると日本人の英語初心者に向けた英語指導者の文章読みスピードも現実場面に添った会話スピードに合わせた方が良いと思う。
実際に、英語のネイティブスピーカーを目の前にして会話するときのスピードで、聴く訓練をしたり、喋る訓練をしたほうが効果がずっと高い。
ディズニーアニメはじめ各種洋画だって、非現実的に喋るスピードが超スローな会話なんて聞いたことがない。
たまに英語学習者から英語指導者に対して、喋るスピードが速すぎて理解できないという意見・発言も出るかもしれない。
だが実際は、多くの場合、英語学習者の語彙力や読解力、文法力等の欠如が主な原因だったり、英語指導者の実力不足もしくはその辺の認識不足が原因だったりする気がする。
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