国会質疑を見て思ったこと
(1) 先日昼飯を取りながら珍しくTVをつけた。国会質疑中だった。小川敏夫法相が競走馬の件で自民党の世耕弘成氏に質問されていた。素人でも仕事に影響することは想像がつく。趣味の一言で躱そうとする法務大臣にもこの国難にそのような質疑をする野党議員の感覚にも失望した。即刻TVはOFFに。
(2) 同時にこうも感じた。選挙で選ばれた国民の代表であるさまざまな議員がその委員会には存在するにも関わらず、質疑をする予め決まったメンバー以外は、ただ座って、意見をすることも出来ない。これでは退屈だし、真に有益な議論が出来るとは思えない。
(3) 英国の議会その他どこでもいいから参考になるものは参考にして、また国会議員自らが考えて質疑の在り方を変えればいい。形式を立派に整えることに力点を置くのではなく、議員各々が緊張感を持って生き生きと参加する中身のある議論や質疑を展開する委員会の場にしてほしい。
(4) 質問があらかじめ提出されていなくても質疑応答・議論が成立して欲しいし、答弁も官僚たちが書いたものをそのまま読むのはもうやめたほうがいいと思う。官僚の知恵と知識を参考にした上で議員一人一人が猛勉強し自分の言葉で答弁書を作成し、答弁すべきだ。
(5) 中心となる質疑応答者がいてもいい。だが途中から委員会にいる議員全てがその議論に加わり(挙手等)積極的に議論に加わるべきだ。そうすると議論の中身がより発展していく。国政についてよく勉強し、深く考えている議員はアピールの場を得られるし、国民は次の選挙の議員を選ぶ材料が得られる。
(6) 質疑応答する2人を除いて、多くの議員の豊かな才能、貴重な時間・・等が無駄になっていると思った。政治家がいい仕事をしなければこの国は良くはならないのだから。この国を今より良くしたいと熱く政治家になった議員が、国会は退屈で十分機能しない場所だと思わないように改善することが肝要。
(7) あといつも思うんだけど国会議事堂の建物も椅子も本来あれほど立派なものである必要はないと思う。建物、部屋、机、椅子・・あまりにも立派であることと、議論の中身が濃厚であることは別の問題だから。国会議員に選ばれた議員が、自分は偉いだとか特別な人だとか勘違いしてもいけないし・・・。
(8) 警備面さえ十分保つことが出来れば、国会は本来、議員さんにとっても国民にとっても近寄りがたい場所であるのはふさわしくない。国会議員になって仕事をしたいと望む多くの人は、議論の中身が重要で、頑丈堅固な立派な建物はどうでもいいと感じているのであろうから。要は仕事に適した形がいい。
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