『死』の恐怖とは
(1) 最近頓に思うことがある。一人一人の人間にとって『死』を迎えることの恐怖っていったい何なのであろうと。『おぎゃあ』と生まれた瞬間から人は『死』へ向かう階段を一歩一歩確実に進んでいく。皆が『死』の『carrier』だと言える。
(2) だから死そのものは生の延長線上にある現象に過ぎない。そう考えると本来『死』は恐れるべき対象なのかどうかもよくわからない。早晩誰もが『死』を迎える。
(3) それでもやっぱり『死』は怖い。何故だろう?ひとつは『死』はいま生きている人なら誰も経験したことがない黄泉の世界であるから。そして老いにせよ、病にせよ『生』から『死』へと続くその過程がきっと塗炭の苦しみを伴うであろうから。
(4) 実は死んでしまってから後は本人はつらくないはず。だって当の本人はもうこの世に存在していないのだから。つらい思いをするのは家族や友達、親戚ということになる。
(5) 死んだあと、人間の『魂』がどうなるのかは私にも分からない。死後の世界は、ひとりひとり考え方が違っていいのだと思う。押しつけや強制がないことが保証されれば・・。だから一旦ここでは考えないことにする。
(6) 話を戻して『死』の何が怖いのかを真剣に考えてみた。そうしたらこの世から自分が死んで消滅してしまうことの恐怖よりも、死ぬことによって大切な人と二度とこの世で会えなくなることの恐怖ではなかろうかと思い至った。
(7) 妻だったり親だったり友達だったり・・。人によってその対象は異なってくる。子ども、祖父母、恋人・・等。
(8) 自分にとって大切な人間が、暗い夜小さな部屋で一日の労働を終え、炬燵や布団で静かに寝ている姿、その表情を見たとき私ははっとそのことに気付き、急に怖くなった。
(9) 親であれ、配偶者であれ、友達や恋人子供であれ、縁あって奇跡的にこの世で親しく過ごした人と二度と会えなくなることは心が引き裂かれるほどつらい。だから『死』は怖いのだと考えた。
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