2012年7月26日木曜日

神経過敏の性質


小林秀雄氏が、自分を知るとは過去の自分を思い返す(思い出す)ことだと仰っている。僕は幼少期より、寒冷刺激、視覚刺激、聴覚刺激、嗅覚刺激、味覚刺激、触覚刺激、痛覚刺激、何れも平均より敏感な性質で、繊細な神経の持ち主だった。

小学生の頃は、学校の冷たいプールが大層苦手で嫌いだった。放課後皆が競ってプールで泳いでいる頃、運動したいけど僕はプールだけは嫌だと、小学校のグラウンドを50周以上走ったこともある。小さな音にも割と敏感で、父が帰宅時、何十メートルも先の橋を車で渡る音も瞬時に気が付いた。

もっとも、父が帰宅の際に、タイミング悪く、僕が嬉しそうにテレビを見ていると、父の機嫌が悪くなり、癇癪を起されたり、嫌なことを言われたり、怒鳴られたりするのを回避するためという自己防衛上の理由もあるだろうから、純粋に聴覚が優れていたかどうかは今もってよく分からない。

味覚刺激に関して言うと、シナモン粉末を食パンに振り掛けて食べようとすると、20年前に親友と喫茶店で、飲んだシナモンコーヒー、そして固形シナモンを誤って齧ったときの何とも言えない味覚を不思議なくらい明確に思い出すことが出来た。友達と交わした会話の記憶とともに。

小学生の時、悪ガキの僕は、家で勉強なんて一切しないで、自然を相手に、野山で駆けずり回ってばかりいた。ある時、山で遊んでいると、空気の匂いが一瞬変わったと感じる瞬間があった。しばらくその空気の匂いを嗅ぎながら、これはその時、好意を抱いていた同級生の女の子の傍に行くと感じる匂いだと気付いた。

触覚刺激に関して言うと、幼少期、たまに風邪でお腹を壊すと小児科で医師に触診された。大腸の回盲部あたりを押されたと記憶するが、そのとき『お腹の力を抜いて』と繰り返し言われるのだが、押されると、くすぐったくてどうしても腹筋に力が入ってしまう。医師も何度か試した後、断念した顔で『もういいですよ』と仰る。別にふざけたつもりはないのだが・・・。苦い記憶としていまも残る。

有り難い事に身体を壊すことは滅多にないのだが、大学生の時、初めてインフルエンザで咽喉が炎症したときの痛みは凄まじかった。社会人になって、一度職場の皆で名古屋コーチンを食べた時、サルモネラ菌か何かで何人もが食中毒になった。

僕は、隣近所の仕事仲間が生ものだから入りませんと、どうぞどうぞと薦められ譲られる形で、生の肝や心臓をたらふく食べたことも原因ではあるが、食中毒で、急性腸炎を起こし、絶食期間数日を要してしまう、死ぬかというほどの腸内激痛を味わった。

一度、健康診断で、医師に異常がないことを告げられた後、『何か気になることがありますか?』と聞かれた。気付けば今はその症状はなくなったが、その時は、『いつもではないですが、食後に歯を磨くとき、歯磨き粉に咽頭部が反応しておえっと吐きそうになり、堪えることがあるのです。』と告げた。

すると医師は事もなげに、『そうですか。心配はないです。神経が過敏なだけです。年齢を取ると大抵鈍くなってきますよ。私くらいの年齢になると間違えて歯磨きを少しくらい飲んでも平気になりますから。』と冗談めかして言われた。慰められたような、馬鹿にされたような、妙に恥ずかしいような何とも言えない気持ちになった。